8月に入り「あいうえお」の発音が更にはっきりして来ました。 スナヲさんには補聴器を2つ準備するようにと伝えました。補聴器の準備が出来るまでの間は昔のウォークマンを使い仮の補聴器にしました。
ウォークマンを録音状態にして、音量を最大限に上げイヤフォンを両耳に付けると、ウォークマンのマイクから入る音が大きくなり茂雄さんの自分の声も聞こえるようになりました。これにより、茂雄さんの発音と私の発音の違いが分かるようになりました。
更に三面鏡の前に二人で並び、お互いの口の動かし方が分かるようにしました。まずは基本の「あいうえお」を一緒に大きく口を動かしながら、鏡の前で発声練習しました。自分の声が聞こえること、私の声が聞こえること、自分の口の動かし方と私の口の動かし方の違いが分かることで発音の習得は今までになく速くなりました。
どんな発音が出来るのか、私が50音をいろいろ発音してみました。やはり急にはできません。しかし、口を大きく開け舌の先を上顎に当てながら「う〜あ」と発音すると「ら~」のような音になりました。これを繰り返すことで少しずつ「ぅら~」になって来ました。
横で見ているスナヲさんは、少しずつ上手になる茂雄さんを見ながら喜びつつも「早よしゃべらんかー!」と焦る表情がいつも見られました。その度に
「まーまー、スナヲさん、まだ始まったばかりですよ、ゆっくり行きましょう」
となだめることが多くなりました。
9月に入り「ん」の発音の練習を始めました。口を閉じたまま声を出すように指導しました。「ん」らしい音は聞かれますが、口は閉じていても顎が緩んだ状態のままの発音のため、口の中にこもった音になってしまいます。
自分では当たり前に発音する「ん」が、茂雄さんにはどうしてできないのだろうか。どうすれば出来るようになるのだろうか。人生初めての発語訓練の難しさが少しずつ顔を出し始めました。
仕事から帰った夜は、風呂の中で「あ~」「う~」「お~」「ら~」「ん~」
「は~」「ひ~」「ふ~」「へ~」「ほ~」「な~」「に~」「ぬ~」「ね~」「の~」・・・ とそれぞれの音を発音しながら口や舌の動き、鼻からの音の出し方などを研究する毎日となりました。