活動報告

今日の農作業はお休みです。

2022年5月29日

先週日曜日から夜の呼び出しが4日続きました。

金曜日午前中、直射日光の中 防護服と二枚重ねのマスクで5分程仕事をしたら、息が苦しくなり少しボーッとなりました。

前回やり残した農道の草払いを今朝からやろうと思いましたが、フワフワするため休みました。

年々体力が低下しているようです。

農家の方々もこのようにいずれ動けなくなり、田畑が藪になるのだなと実感しました。

まずは体を休めてまた復活します。

鯉のぼりが揚がりました。

2022年5月1日

4月30日午後から川越産業の社長さんと一緒に、漁師さんに繋いでもらったロープを張り、頂いた鯉のぼりを少し控えめにロープに結び付けました。

5月1日(日)子供連れの家族や近所のおばちゃんたちが見に来ました。

お父さんたちは、見上げる子供達の写真を一生懸命撮っていました。

おばちゃんたちは、「今年も上がったね、いいね!」と話していました。

皆さん幸せそうでした。

鯉のぼり

2022年4月23日

皆さんに頂いた鯉のぼりが、以前からの分も含めて大小合わせて20匹になりました。ありがとうございます。しばらく雨が続きそうです。
天気が良くなったら連休に間に合うように多くの鯉のぼりでにぎやかにしたいと思います。

田園の中の水路沿いの花たちは今。

2022年4月17日

コスモス、マリーゴールド、今回追加したひまわりたちが順調に顔を出して来ました。

コスモスとマリーゴールドは昨年秋に落ちた種が顔を出しました。

近くのびっくり駐車場の縁に立つと、美しい田園の中を南北に伸びる水路沿いの細長い畑が見えます。

1ヶ月後には、コスモスとひまわりによる花道がまたできそうです。

少し遅れてマリーゴールドが咲きそうです。

少し広がり過ぎており、更に3つの花が混在するため、マリーゴールドは一部抜いて移植する必要がありそうです。

やすらぎの田園に大勢のお年寄りが来てくれました。

2022年4月11日

4月10日(日) 草だらけになったやすらぎの田園で草刈り機を使って作業をしていると、大きなワゴン車と軽乗用車2台で施設の利用者さん達が遊びに来られました。桜の花が散ってしまったのでここに来ましたと施設スタッフが話されます。

どうぞどうぞ! と言いながら、車イス移動を手伝いました。

パラソルの下の椅子や机を移動して皆で輪になりました。

「あら先生、こんなところで会うなんて!」と皆さんとても嬉しそうでした。

「鯉のぼりはまだ揚がらないんですか?」とお年寄りが元気に質問して来ます。

「以前頂いた鯉のぼりが古くなったり、破れたりして今年はどうしようかと思ってたんですけど、どうにか頑張ります!」と答えました。

鯉のぼりをたくさん揚げて皆を喜ばせたいですね。頑張ります!

写真を施設に持って行ったら、スタッフの方が早速が家族に連絡して頂き、許可をもらって掲載させて頂きました。

切れたロープを繋いでもらいました。

2022年4月4日

鯉のぼりや遮光ネットを設置するために使ってきたロープが昨年9月に切れました。

鯉のぼりの季節になり、どうにか再生できないかと日高医院に通院されている漁師の方に相談してみました。

「いいですよ、持って来てください」と言われ、早速夕方に内海まで行きました。

すぐに繋ぎ作業が始まり15分程で完了しました。

すごいですね。高齢でもいい仕事をされます。

これでまた鯉のぼりや遮光ネットの取り付けができそうです。ありがとうございます。

農道の草を払いました。

2022年4月3日

コスモスや菜の花を見ながら歩いた散歩道が、草だらけになり車の轍だけ見える状況でした。

79歳の「山崎川を守る会」の会長さんにも手伝ってもらい、気持ち良く歩けるようになりました。飛松さんありがとうございました。

最近、中学生や高校生達が自転車でこの道を気持ち良く走り抜けて行きます。

環境が良くなると子供達は自然とその中に身を置いています。

子供達の心の中にふるさとが生まれ、季節毎に移りゆく景色を目に焼き付け、年毎の地域の進化と共に豊かに成長していただけると最高の幸せです。

菜の花が終わり暖かくなりました。

2022年3月27日

菜の花の花も散り、菜の花の根元に無数のコスモスの芽が顔を出しています。

一部を残して、新しい芽が顔を出すのを期待しトラクターで耕しました。

その後、ウクライナのことを少し考えながらひまわりの種を蒔きました。

これからマリーゴールド、コスモス、そしてひまわりが楽しそうに咲くのが楽しみです。

三味線の師匠が逝きました。

2022年3月21日

15年前に往診先で出会いました。

師匠のおじさん宅で診察が終わった後、三味線を触っていると突然三味線の練習が始まりました。

高校2年の夏、学園祭に向けて1ヶ月間叔母から習ったことがありました。
その事もあり懐かしく三味線を触っていました。

その時「三味線を練習してみませんか」と早速「黒田節」の曲の練習が始まりました。

往診中であったため短時間でしたが教え方が大変上手で、すーっと入って来ました。

たまたま叔母から三味線を頂いたばかりだったこともあり、週1回午後6時からの練習が始まりました。

ある程度弾けるまでに3年かかりましたが、徐々に師匠と一緒に弾けるようになりました。

曲も少しずつ増え、敬老会に一緒に参加することが増えました。

13年間練習したところで新型コロナが拡大し、向き合っての練習を自粛することになりました。
コロナが落ち着いた時に2ヶ月程練習を再開しましたが、師匠の体調がすぐれずまた練習を休むことになりました。

週1回3時間35曲程練習して来ましたが、もうその様な練習ができなくなりました。

これまで普通に弾けていた多くの曲が霞んで行くように弾けなくなりました。
その後師匠の病が悪化し、何度も往診するようになりました。

「今日1時半過ぎに伺います」と電話をして訪問した日、待っていたかのように13時40分逝きました。84歳でした。

これまでの民謡など多くの曲は、自分の力で覚えたのではなく、師匠の三味線に支えられて弾いていたことに気づかされました。

コロナが落ち着いた後、また敬老会で皆に喜んでもらえるように、師匠から習った曲を、そして新しい曲を今度は自分の力で覚えて行こうと思います。

師匠! 頑張ります。見守って下さいね。

湿田を甘く見てました!

2022年2月27日

これまで藪になった放棄地を皆で復活させて花を植えたり、米を作ったりしてきました。今回、長年藪だった畑の草払い、野焼き、耕しを経ていよいよ庭園作りを始めようとしましたが、農機具が深みにはまり動けなくなりました。川越産業のショベルカーに助けてもらいながら、スロープや水抜きの溝を掘ることが出来ました。

しかし、田んぼの中に花を植えるための道を作ることはできませんでした。

やってみてわかる農業の大変さを実感しました。この地区の耕作放棄地が生まれる理由は、農業者の高齢化だけではなさそうです!

一般の農家が川越産業のような協力なしにこのような湿田で農業を継続するのは、経済的、肉体的に極めて困難だと感じました。

菜の花がきれいに咲いてます。もし見に来られたら、湿田の困難さにも注目してみて下さい!

世界情勢が不安定に成りつつあります。食料自給は大事です。