お知らせ

引き算の医療

2014年7月28日

在宅で看ている高齢者は、ほとんどの方がいろんな積極的治療を受けて来られています。そして、もう何もしなくていいという引き算の医療を求める方が多くなっています。

脳梗塞後、大腸癌、重度の貧血を患っている患者さんを在宅で看ています。
顔面蒼白、両上下肢の浮腫を認めます。食欲がありませんが、点滴をしていません。本人が拒否しているからです。本人も家族も今後の経過についてよく理解しています。心の準備はできています。

それから半年以上の時間が過ぎました。家族がざわついています。家族の話を良く聴くと、夜中に本人が大声で家族を呼ぶため家族は眠れないと言われます。本人は食べる量が減った分、全身の浮腫は消え、動き易くなり呼吸も安定しています。貧血は以前と変わりません。なぜか便通も改善しています。

これまでは、高カロリー輸液をしたり、利尿剤、抗生剤、酸素吸入などを加えたりと足し算の医療を行なって来ました。助けるために。

しかし、本人がこれまでの医療に疲れ自然体を希望するケースが多くなりました。家族も本人の気持ちを理解し覚悟をもって最後の介護に当たるケースが増えています。

癌末期の場合、本人・家族が求める間は足し算の医療を行ないます。しかしその結果本人を苦しめることになりそうな時は早めに本人・家族に説明し引き算の医療へと移行して行きます。

癌性疼痛(とうつう)に対しては、最近は貼り薬で調整できるようになりました。これにより体に与える負担が少なくなりました。引き算の医療により脱水になりますが、結果として胸水、腹水、全身浮腫、喀痰(かくたん)が減り穏やかな呼吸となり、眠るように逝かれるケースが増えています。家族も苦しむ姿を見ることもなく、穏やかな気持ちで看取ることができましたと言われることが多くなりました。

一週間でも、いや一日、一時間でもいいから最期は家で過ごさせたいと家族が希望され自宅退院された方がいました。足し算の医療も行いましたが、徐々に引き算の医療に移行しました。 一年半を家で過ごされました。

重度の痙攣(けいれん)を何度も起こし、多くの抗痙攣薬を何年も内服して来られた方がいます。抗痙攣薬の副作用でほとんど会話が成り立ちません。その後、食事の時に誤嚥(ごえん)することが多くなり肺炎で入院されました。

入院中、胃瘻(いろう)の話もありましたが家族は胃瘻を求めず自然体を希望されました。退院後、家族とゆっくり話し合い抗痙攣薬をかなり減らすことになりました。

結果として意識が戻り会話ができるようになり、食事も「おいしいね」と話しながら安定して食べることができるようになりました。重度の痙攣が起きる危険性は十分ありますが、家族は会話のできる生活を選択されました。

高齢になるにつれて、経口摂取量が減り、運動量が減り、各臓器の機能が低下し、思考力・記憶力も低下して行きます。これが原因で、誤嚥性肺炎、転倒骨折、食欲不振、脱水、腎不全、心不全、脳卒中、認知症など更に悪化します。

精神面、肉体面、家族の介護力に余裕があるときは、足し算の医療が効果を発揮します。しかし、何度もいろんな疾患を経験する内に本人・家族の精神的、肉体的な疲れが出て来ます。その疲れには、本人と家族の間に、そして家族の間でも温度差があります。しかし、その温度差が小さくなるにつれて方向性は一致して行きます。そして、引き算の医療が始まります。

引き算の医療は、感覚としては分かっていてもまだまだ確立していないと思います。引き算の医療は、人間の体にそしてDNAの中に巧妙に組み込まれた終わり方のプロセスに限りなく近づく作業ではないかと考えるようになりました。

自然な終わり方とはどのようなものかが、これから医療界だけでなく国民の中でも議論されて行くことが望まれます。この議論の先に、本人と家族そして医療関係者が同じ方向を向いて本人に最良のケアを提供できる時が来ると考えております。